歯科東洋医学


歯科と漢方

特集にあたって


岡村興一

歯科東洋医学の内容
 歯科口腔領域に東洋医学(伝統医学)を応用する場合に考慮すべきものとして、近代歯科医学の考え方(西洋医学)と伝統的口腔観(東洋医学)の違い、「統一整体観」における口腔(部分)と全身(全体)との関係、そして口腔構造(粒子性)と口腔機能(波動性)の比較という3つの対比ポイントをあげることができる。断片化あるいは孤立した“歯科”“歯学”という捉え方を超えて、口腔はあくまで全身(全体)と有機的に相互関連する“ある動的領域”とする「口腔コスモロジー0ral Cosmology」(筆者造語)観が必要だと思う。このことを念頭に置かないと、歯科だけの独善的な枝葉末節論に満足してしまう恐れがある。東洋医学には「口腔外科」主体の歯科医療から「口腔内科」を積極的に活用できる示唆に富んだ内容が多くある。口腔外科と口腔内科は歯科医療システムのなかで車の両輪と言って良く、歯科東洋医学の役割は大変重要だと確信するものである。


歯科東洋医学の確立
 医療の中で“歯科”“口腔”という明確な座標をもって国家資格を与えられた専門医師は歯科医師をおいて他にない。口腔医師として関わる歯科東洋医学の範囲は広く、東洋医学と呼ばれる広義の内容すべてにわたり、かつ臨床応用が可能である。しかし現在の医療制度・教育制度のなかで西洋医学との共生(あるいは結合)を図り、相互のシステム化を図るとすれば、中国が源流とされている伝統医学(食養・湯液・鍼灸・推拿・按摩・按矯・導引・養生)の範疇の湯液と鍼灸がその代表的なものと言ってよい。

 また「医食同源」「薬食同源」の言葉が示すように食養生も重要である。中国周王朝の制度習慣を述べた『周来』によれば、最高位の医師は「食医」で、現代の内科系医師、外科系医師に該当する「疾医」や「瘍医」よりもランクが上であったとされる。いずれにしても“食”の重要性は古くから指摘されており、“未病を治す”という考え方と合わせて、食養生は言わば健康の入口としての口腔を担当するわれわれ歯科医師においてのストラテジーとして恰好の領域と言える(注:筆者は東洋医学の臨床現場における応用戦略のひとつとして、一次予防に特化した「漢方サプリメントドック」を開始している)。

 東洋医学は「自身自医」の道でもあり、疾病治療だけでなくプライマリー・ケア(Primary health Care)においても重要な役割を果たす。Primary Oral health Care(P.0.H.C)における漢方、鍼灸、漢方サプリメントの応用は、今後大いに期待できる領域として注目すべきである(図1)。

 過去の歴史的経緯を踏まえ、将来にわたる歯科の東洋医学の確立を展望すれば、臨床応用技術としての価値は当然のこととして、その学問的構造をしっかりと把握する必要があると思う。代替医療、統合医療あるいは包括的医療のなかで歯科東洋医学を語る場合、数多ある療法のなかでの歯科領域における一応用技法ということであってはならない。「口腔漢方(歯科漢方)」、「歯科鍼灸」というネーミングとその専門領域は、世界的に見ても日本独自のもので、口腔生理機能の全身における特殊性と一般性をつなぐ重要な分野として、もっと社会的(制度的)に認知してもらう必要性がある。「温故知新」という意味においても、東洋医学の歴史的価値を尊重しながら口腔に対する新たな視座を形成し、それと並行して日本発の歯科医学・における国際的医学領域として確立されるべきものと思う。


図1 プライマリー・ケアーと歯科東洋医学



歯科分の野展望
 近代歯科医療は歯科医学の急速な進歩により、歯牙硬組織疾患対象の時代から、口腔・顎・顔面全般にわたる形態異常や各種機能異常を対象とする時代に移行してきた。さらに「豊かさ」を求める時代を反映してか、患者の心理的な領域や美的領域への要求も深まりつつある。これは慢性疾患などの疾病構造の変化の中で、1つの病気には1つの原因あるいは原因物質が村応しているという特定病因論だけでは解決困難な病気が一般的になってきたことにより、身体内部要因だけではなく、社会的人為環境やストレスさらに自然環境を含む複雑な多変数要因(動因)の中で疾病の診断と治療をしなければならなくなってきているという背景によるものと思われる。

 このような新しい時代に対応していくためには、口腔顎顔面器官系についてのより広い知識と視野をもつことと、さらにそれらを包括する全体観が必要不可欠といえる。したがって、今後も加速的に医療技術の向上や生体材料の開発が進むであろうが、それと同時に学際的研究による歯科医療領域の拡大が行われ、さらに歯科医療領域の多様化・複雑化に対応するための新たなシステム論の導入により、医療意識の変革が要求されるであろうと思う。


東洋医学の臨床導入
 ここでは日常臨床レベルでの東洋医学の導入様式を、掲げることにより(図2)、東洋医学を歯科医療のなかに、どう段階的に導入できるかを検討してみたいと思う。東洋医学を歯科臨床に導入することにより歯科医療の総合化・包括化・組織化が図れれば、プライマリー・オーラル(デンタル)・ケアの概念の1つにある総合療養の意味を大いに満足させるものとなる。東洋医学を西洋の医学システムとどのように共存あるいは統合させるかは未だ定型のものはないので、今後の課題としてさらに考究されなければならない。

 歯科臨床での東洋医学の応用ではほとんどが(図2)の様式①と思われるが、これは言わば東洋医学の西洋医学的応用であり、東洋医学の利点が十分発揮されているとは言い難い。東洋医学の持つ内容と今日的意義を考えれば、少なくとも東洋医学にある診断理論の概略は理解したうえで、様式②まではもっていきたいところである。様式③は東洋と西洋双方の持つ診断と治療計画の流れをうまく共生結合させた総合的診断治療形態である。ここまでいくと今までに無い全く新しい歯科診療システムが生まれる可能性が大である。鍼灸療法も基本的には同じで、補助的な刺激療法にとどまらず東洋医学独特の診断法を駆使した立体的運用が必要である。従来の歯科臨床に広がりと深さを提供する医学として東洋医学が偏見無く導入され、しかもそれが段階的に活用され、その応用範囲が確立されていくのを願うこと頻りである。

※弁証と弁病
 “証”と“病”は密接な関係を持っている。いくつかの症状は種々の疾病にまたがって出現する。“弁証’は疾病のある段階での特殊な性質と主な矛盾点とを全体的かつ具体的に判断することである。これに対して“弁病”とは、弁証で得られた結果に基づき、種々の類似した疾病を比較・鑑別するこである。弁証と弁病の照合検討が診断深度を高めることになる。

(PTPシステム研究所資料より:1984「東洋医学の臨床導入様式」)


図2 東洋医学(漢方)の臨床導入様式



歯科臨床と東洋医学
 歯科臨床は口腔顎顔面領域に関わる様々の疾病を扱うわけであるが、一般日常臨床では、精巧な器械や器具を使った小外科が主体となるため、その内容が高度で精緻になればなるほどその方法と領域が細分化・専門化され、歯科医療全体を俯瞰することがおろそかになりやすい。しかし複雑多様化していく疾病に対応するためには、限定された外科的手法や一部の内科的手法に止まらず、他の医療手法も駆使してもっと治療方法の拡大を図る必要がある。

 Alternative Medicine(代替医学)という枠組みにおける各種療法の歯科臨床の応用となると、その範囲は膨大なものとなり、その歯科的応用は好事家の域を出ないものが多い。その可能性の割にはまだまだ歯科臨床における応用が日常化されていないのが実態である。しかしながら、中国由来の伝統医療とりわけ歯科漢方と歯科鍼灸、および日本の食文化を含む食養生を中心とした東洋医学の歯科臨床への応用は比較的活発で、ここ数年大きく注目されてきているところである。患者さんの理解もさることながら、趣味ではあるが組織的な啓蒙努力の成果に負うところが大きいと思われる(「日本歯科東洋医学会」…東洋医学を日常臨床に導入すべく歯科臨床医有志が大同団結し1983年に設立。現在会員数900余名で、総会・学術大会の開催、認定医制度の導入、学術研修セミナーの開催、支部活動の充実などを図り、歯科東洋医学という独自の医学領域を開発・研究している)。

 歯科医療の主要側面としては①学問的側面②技術的側面③社会的側面の3つを挙げることができるが、東洋医学はその歴史的経緯からみても、それらの全ての側面でその価値や意義を見出すことができる。社会が今後成熟していく過程で、ますます「こころ」や「からだ」の豊かさを求めるようになっていくであろうし、そこに関わっていく歯科医療も当然のことながら質的変革を余儀なくされることだろうと思う。それは冒頭でも触れたように治療主体の医療から、予防や看護、養生さらに増進にまで医療ステージが広がっていくことを意味する。最近における「公衆衛生」から「地域保健」、「居宅歯科診療」から「訪問歯科診療」、あるいは「集団歯科検診」から「口腔ドッグ(歯科人間ドッグ)」への意識変化とその実践の増加はそれを物語る。

 近年脚光をあびてきたところの、臨床に直結した歯学領域に、歯科審美学(美容歯科関連)、歯科インプラント学(人工歯根関連)、歯科東洋医学(鍼灸、漢方関連)、歯科構造医学(咀嚼咬合関連)等があるが、これらはcureからcare(primary Oral care)ヘシフトしていく歯科医療の質的変化と深く関わっている。歯科東洋医学はそのなかで物質系(粒子性領域)よりも情報系(波動性領域)に位置し、予防、養生(看護)、治療、増進のさまざまなステージに満遍無く関わるものとして理解される。


歯科東洋医学の可能性
 東洋医学はその療法の種類により、歯科疾患への関わりかたを少しく異にする。鍼灸療法は表から裏に向かう経絡臓腑の空間軸的治療法が得意で、漢方療法は疾病の推移に対応していく時間軸的治療法が得意といえる。また食養は日常的身体ケアの手法として身体ベースの本質に働きかける。基本的にはどの療法でも、歯科疾患や口腔症状に直接的あるいは間接的な応用を可能としている。しかも、従来の歯科臨床の内容と範囲に工夫を加えれば、その応用範囲はさらに広がり、東洋医学の歯科的応用は疾病治療にとどまらず、予防、養生・看護あるいは増進のステージにまで及ぶ。要は東洋医学のもっている懐の探さを良く理解し、そこから得られた知識や技術を歯科医療の主要側面である学問・技術・社会の各側面にどのようにうまく結び付けていくかということである。それがうまく達成されれば、歯科医療技術の向上と歯科医療領域の拡大が図れ、さらに歯科医療意識の変革が可能となろう。

 東洋医学と西洋医学の統一(医療)あるいは統合(医療)という考え方があるが、それぞれの特質をよく調べていくと、互いに自立しながら相互補完する共生(医療)という方向が正しいと思われる。グローバル・スタンダードと呼ばれる価値観と競争原理に捻じ曲げられた西洋医学の不完全な部分があるとすれば、それを修正するものは共生の原理といってよい。「東洋的であること」これはすなわち平衡原理の活用、共生原理そのものである。どちらかに取って代わるのではなく、西洋医学(近代医学)と東洋医学(伝統医学)、さらに口腔(部分)と全身(全体)、肉体(粒子性)と精神(波動性)の村比の中で歯科医療に共生原理を導入した『Symbiotic Oral Health Care』が強く望まれる(cf.Collaborative Oral Health Care、Integrative Oral health Care)。

文献

(雑誌・論文)

1)岡村興一:「東洋医学(伝統医学)の役割と高度先端医療」『日本歯科先端技術協会会誌』.7-No.1,2001.Jan.

2)岡村興一:「日本歯科東洋医学会の最近の動き」『中医臨床』(東洋学術出版社)vol.23-No.1,2002

3)岡村興一:「21世紀の歯科医療」日本歯科東洋医学会誌Vol.20-No.1・2,2001.Sep.


(書籍)

1)岡村興一:口腔漢方講座テキスト,PTPシステム研究所,1989.

2)岡村興一:歯科漢方-システム口腔漢方医学-,デンタルフォーラム社,1991.

3)岡村興一:「Alternative Medicine 臨床への応用・歯科領域」(分担執筆)『看護のための最新医学講座(第33巻)』中山書店,2002.Aug.



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